メニューにジャンプ コンテンツにジャンプ

トップページ > 先輩移住者の声 > 下天野・上平様

下天野・上平様

先輩移住者のご紹介

上平さん…大阪府出身で、奥さまが和歌山県出身。大阪梅田でのわかやま田舎暮らしフェアで、かつらぎ町を知ったのが移住のきっかけ。お二人とも海外での居住経験があり、新しい場所や環境への抵抗はあまりなかったそうです。

上平さん 

インタビュー内容 

かつらぎ町(天野地区)への決め手は

土地の第一印象ですね。天野トンネルを抜けて見た瞬間の景色がちょうど田植えした後で、6月か7月だったのですが、その景色とか雰囲気がもう「すごいなあ」というのがありました。また、大阪までのアクセスがよかったのもポイントです。都会からかけ離れた雰囲気のところで、なおかつ梅田まで車で1時間半で行ける、そういう場所は他にはありません。最後まで、冬の寒さに耐えられるのかだけが心配でした。確かに寒いです。冬の寒さがなければ100点なのですけどね。

 

今しているお仕事

天野地区で、トマト作りをしています。農業経験がまったくなく、ゼロからのスタートでした。おいしくできたときは何がよかったのか?うまくいかなかったときは何が悪かったのか?何もかもわからない状態でした。今ようやく5回目を終え、少し自信がついてきたところです。30年以上トマト作りをしている農家さんでも「ようわかれへん」と言っているので、まだまだですが。はじめた頃に比べると知識もついてきたので、これからも頑張っていきたいと思っています。

トマト1 トマト2

 

移住を決めてから

天野へ移住をしたいなと思ってから、実際に移住するまで、1年以上天野に通いました。まったく知らない人に家や畑を貸してくれる人はいないので、地域の方々との信頼関係を築きました。今住んでいる家をお借りするときは、移住者受入協議会の会長が間に入ってくださり、貸主さんの背中を押してくれました。

 

移住してから変わったこと

大阪で住んでいるときは、子どもを欲しいとは全く考えもしませんでした。都会の窮屈なところで生活させるのはかわいそうだと思っていたのです。それが、天野に来てからは、考え方が変わりました。この土地では、子どもを作ってもいいかなと思えるようになり、幸い子宝にも恵まれました。

 

移住を検討している方へのアドバイス

天野地区への移住者の中には、根付かず出て行った人もいるとよく聞きます。地元に溶け込むことが重要かなと思います。自分一人では生きていけないので、付き合いは大事です。“行事には参加すること”。地域での集まり・奉仕活動・催しなど、地域活動には、よばれたら参加するようにしました。自分が行けないときは、奥さんに頼むなど、家族の誰かは参加するようにしました。